「一緒に勉強しよう」で、人生が少し変わることがある。
■ 「一緒に勉強しよう」で、人生が少し変わることがある。
「今度、一緒に勉強しよ。」
高校生なら、一度くらい言ったことがあると思います。
その約束をしたときは、
「今度こそ、ちゃんと勉強しような。」
「うん。マジでやろう。」
と、かなり本気です。
ところが当日。
午後3時、集合。
「……腹減ってない?」
「ちょっと減ってる。」
「先にコンビニ行かん?」
こうして、
勉強会は、コンビニから始まります。
まあ、これくらいなら問題ありません。
飲み物は必要です。
お菓子も必要です。
高校生の勉強には、
なぜか準備がたくさん必要です。
■ ようやく勉強開始
コンビニから戻る。
席につく。
筆箱、ノート、問題集。
飲み物とお菓子。
「よし。」
ここまで来れば完璧です。
「何からやる?」
「数学。」
「俺、英語やるわ。」
ここまでは、
一応、勉強会です。
■ そして最初の5分
「なあ、この問題分かる?」
「……分からん。」
「お前も分からんのかい。」
そんなやり取りをしながら、
なんとなく問題を解いていく。
一人でやるより、
ちょっと楽しい。
分からない問題も、
友達となら「分からん」と言いやすい。
そして、
ここから二つの道に分かれます。
■ 道① なぜか雑談になる
「そういや昨日の○○見た?」
そこから先生の話。
部活の話。
文化祭の話。
昨日のLINEの話。
気がつけば、
数学の問題集を開いたまま、
数学とは一切関係のない話をしている。
問題集だけが、
「そろそろ俺の出番ない?」
という顔をしています。
■ 道② なぜか本気になる
ところが、
全員がそうなるわけではありません。
「この問題、どうやった?」
「こう。」
「なんで?」
「この条件使うから。」
そこから、
「じゃあ、この場合は?」
と話が続いていく。
すると、
いつの間にか、
一つの問題について真剣に考えている。
これが、
友達と勉強する面白さです。
■ 「教えてもらう」だけではない
友達と勉強すると、
分からない問題を教えてもらえる。
それだけではありません。
「なぜ?」
と聞かれる。
自分の考えを説明する。
反論される。
もう一度考える。
そして、
「あ、そういうことか。」
となる。
一人で黙々と問題を解くのとは、
また違う種類の頭の使い方です。
■ 友達がライバルになると、さらに変わる
そして、
もう一つ面白いのが、
友達の存在です。
模試が返ってくる。
「何点やった?」
点数を見せる。
「俺より上やん。」
ここで、
ちょっと悔しい。
その「ちょっと悔しい」が、
意外と大きい。
隣を見る。
友達がまだ問題を解いている。
すると、
「……俺もやろ。」
となる。
毎日燃えているわけではありません。
ほんの少し、
「負けたくない。」
と思う。
その気持ちが、
もう一問解く理由になったりします。
■ 実際に、そんな友達関係もある
高校生を見ていると、
友達同士で競い合いながら、
お互いの力を伸ばしていく姿があります。
実際に、
友達と刺激し合いながら勉強を続け、
二人とも志望校に合格した生徒もいました。
もちろん、
合格したのは本人たちが努力したからです。
ただ、
「こいつが頑張っているなら、自分もやろう。」
と思える相手がいたことは、
その努力を続ける力の一つだったのかもしれません。
■ もちろん、逆もある
ただし、
友達と一緒にいれば、
必ず良い方向に進むわけではありません。
「今日も勉強したな。」
と言いながら、
実際には雑談しかしていない。
そして、
二人になると、
サボる理由を二人で考え始めることもあります。
これはこれで、
かなり息の合ったコンビです。
■ 同じ「一緒に勉強する」でも
同じ「一緒に勉強する」でも、
そこで起きていることは、
かなり違います。
■ 「一緒に勉強しよう」は、案外すごい言葉なのかもしれない
高校生にとって、
友達は毎日のように一緒にいる存在です。
だからこそ、
一緒に勉強する時間は、
ただ問題を解く時間ではありません。
考えをぶつけたり、
刺激を受けたり、
ときには競争したりする。
その時間が、
勉強の仕方や考え方を変えることがあります。
「誰と勉強するか」は、
意外と大切です。
最初は、
ただの
「一緒に勉強しよ。」
だった。
でも、
その相手との時間が、
自分の勉強を少し変えることがある。
「誰と勉強するか」は、
思っている以上に、
大切なのかもしれません。




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