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夏の終わりを、次のスタートに。
■ 夏期講習、最終日。 夏の終わりに、教室で思ったこと。 夏期講習、最終日。 いつもの時間に、生徒たちが教室に入ってきます。 「おはようございます。」 「こんにちは。」 いつもと変わらない挨拶。 いつもと変わらない机。 いつもと変わらないように見える教室。 でも、今日は少しだけ違います。 今日で、夏期講習が終わります。 ■ 夏の最初は、もっと不安だった。 夏期講習が始まった頃。 受験生の中には、 「何をやればいいのかわからない。」 「このままで間に合うのかな。」 そんな不安を抱えている生徒もいました。 やるべきことはたくさんある。 でも、時間には限りがある。 特に受験生にとって、夏は大きな意味を持つ時間です。 だからこそ、焦る。 焦るから、勉強していても不安になる。 そんな生徒もいたと思います。 それが、今日になると少し違って見えます。 問題を解く姿勢。 質問の仕方。 間違えた問題への向き合い方。 そして、机に向かっている時間。 少しずつですが、変わっています。 もちろん、夏だけで全部できるようになったわけではありません。 まだまだ苦手なところも
播磨塾 進学塾
2 日前読了時間: 5分


部活をやり切った。その力を、今度は受験へ。
■ 部活を引退した。ここからが、本当の受験勉強。 高校3年生も、中学3年生も、 夏を迎えると、ひとつの大きな区切りを迎えます。 それが、部活動の引退です。 朝早くから練習をして、 授業が終われば部活へ向かう。 休日も練習や試合。 勉強をする時間が、十分に取れなかった人もいるでしょう。 それでも最後の大会までやり切った。 そして、引退。 その瞬間から、少しずつ聞こえてくる言葉があります。 「そろそろ受験勉強を始めないと。」 「もう遅いんじゃない?」 「今から間に合うのかな。」 そんな不安を抱える人も、決して少なくありません。 ■ 部活を最後まで続けた。それは、遠回りだったのか。 部活をしている間は、 勉強時間を十分に確保できなかったかもしれません。 朝練。 授業。 放課後の練習。 休日の試合。 帰宅してから勉強しようと思っても、 疲れて眠ってしまう。 そんな日もあったでしょう。 だから、 「もっと早く勉強しておけばよかった。」 と思うこともあるかもしれません。 でも、過ぎた時間は戻ってきません。 大切なのは、 「もっと早く始めればよかった」 と後悔
播磨塾 進学塾
6 日前読了時間: 6分


中学生の今、どう自分の可能性を広げるか
中学生のうちに、たくさん失敗しておこう。 ――高校受験では測れない「今」の価値 お盆が終わりました。 夏休みも後半です。 もうすぐ、 いつもの学校生活が戻ってきます。 部活動。 友達。 学校行事。 勉強。 そして、高校受験。 中学生にとって、 毎日は思っている以上に忙しいものです。 でも、今日は高校受験の話を少し横に置いて、 「中学生という時期には、 いったいどんな意味があるのか」 について考えてみたいと思います。 ■ 中学生は、「自分が何者なのか」を探している 中学生になると、 小学生の頃とは少しずつ世界が変わっていきます。 自分と他人を比べるようになる。 得意なこと、苦手なことを意識する。 友達との関係を考える。 将来について、 少しずつ考え始める。 そして、 「自分って、どんな人間なんだろう」 という問いを持つようになります。 発達心理学では、 青年期はアイデンティティ、 つまり「自分はどんな人間なのか」という感覚を 形成していく重要な時期だと考えられています。 ここで大切なのは、 最初から答えを出す必要はない、 ということです。 ■ 中学
播磨塾 進学塾
7 日前読了時間: 9分


高校生活は、大学受験のためだけにあるのか。
高校生活は、大学受験のためだけにあるのか。 ――「青春」と「学び」を教育学から考える お盆が終わりました。 夏休みも後半に入り、 高校生にとっては、学校生活が再び動き始める時期です。 ここから、 学校。 部活動。 友人関係。 学校行事。 そして、大学受験に向けた勉強。 いくつものことを同時に進めていかなければなりません。 そこで、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。 「高校生は、勉強だけをしていればいいのか。」 大学受験専門塾として、 私たちは、この問いに簡単に「はい」とは答えません。 ■ 学校は「勉強する場所」だけではない 教育学では、 学校での学びを、単純に「教科の知識を身につけること」だけでは捉えません。 OECDのPISAでも、 生徒の学力だけではなく、 学校への所属感。 教師との関係。 友人関係。 学校生活への関与。 心理的・社会的なウェルビーイング。 といった側面が、生徒の学校生活を考える重要な要素として扱われています。 つまり、 「どれだけ勉強できるか」 だけではなく、 「どのような環境で、どのように学校生活を送っているか」
播磨塾 進学塾
8月17日読了時間: 8分


高校生活最後の全国大会
■ 大学受験には、ユニフォームがない。 全国大会には、いろいろな形があります。 走る人がいる。 泳ぐ人がいる。 ボールを追う人がいる。 でも、 楽器を奏でる人もいる。 歌う人もいる。 舞台に立つ人もいる。 絵を描く人もいる。 文章を書く人もいる。 研究を発表する人もいる。 将棋盤に向かう人もいる。 つまり、 「全国大会」は、 スポーツだけの言葉ではありません。 自分が積み上げてきたものを、 決められた舞台で、 限られた時間の中で、 自分の力として表現する。 その舞台を、 ここでは「全国大会」と呼びたいと思います。 そう考えると、 大学受験は、 高校生にとっての一つの「全国大会」なのかもしれません。 ■ ただし、大学受験には観客席もない。 入試会場に、 応援団はいません。 歓声もありません。 ユニフォームもありません。 楽器もありません。 作品もありません。 あるのは、 机。 椅子。 問題用紙。 答案用紙。 時計。 そして、 自分自身です。 とても静かな
播磨塾 進学塾
8月9日読了時間: 11分


「受験生の夏休みは、『残り日数』ではなく『残り時間』で考える。
受験生の夏休みは、残り日数ではなく「時間」で考える。 夏休みが始まって、しばらく経ちました。 最初に立てた計画どおりに勉強を進められている人もいれば、 思うようにスタートを切れず、 少し焦りを感じ始めている人もいるかもしれません。 でも、安心してください。 大学受験は、 「いつ始めたか」 だけで決まるものではありません。 これから残された時間をどう使うかで、 この夏の価値は大きく変わります。 夏休みに残されている日数は、 もうそれほど多くはありません。 しかし、 本当に意識してほしいのは、 残りの日数ではなく、 残された「時間」です。 一日は24時間しかありません。 そのうち、 睡眠をとり、 食事をし、 学校や塾へ行き、 移動し、 休憩をすれば、 自由に勉強へ使える時間は限られています。 だからこそ、 一時間という単位で時間を考えることが大切なのです。 ■ 「あと30日」ではなく、「あと一時間」を大切にする 「まだ30日ある。」 そう考えると、 どこか気持ちに余裕が生まれます
播磨塾 進学塾
8月7日読了時間: 4分


大学受験は、日本で最もコスパの良い自己投資である。
「コスパが良い。」 今では日常的に使われる言葉になりました。 食事をするときも。 買い物をするときも。 旅行へ行くときも。 私たちは無意識のうちに、「価格に対してどれだけ価値があるか」を考えています。 できるだけ少ない時間で。 できるだけ少ないお金で。 できるだけ大きな成果を得たい。 それは、ごく自然な考え方です。 では、一つ質問があります。 もしあなたが、 「人生で最もコストパフォーマンスの高い投資は何ですか。」 と聞かれたら、何と答えるでしょうか。 株式投資でしょうか。 NISAでしょうか。 不動産でしょうか。 あるいは起業でしょうか。 どれも間違いではありません。 実際に、それらによって人生を大きく変えた人も数多くいます。 しかし私は、 大学受験ほど費用対効果の高い自己投資を知りません。 この話をすると、 「でも、大学に行かなくても成功している人はいますよね。」 と言われることがあります。 もちろん、その通りです。 世の中には、大学へ進学しなくても大きな成功を収めた人がたくさ
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8月6日読了時間: 10分


大学受験専門塾として、私たちが大切にしていること―― 教育研究と教育実践をつなぐ現場から ――
本稿では、「偏差値は、本当に頭の良さなのか。」という問いから出発し、統計学、教育学、認知科学、教育心理学、そして国際的な教育の視点を通して、「学力」と「教育」について考えてきました。 本章では、その議論を踏まえ、一つの教育現場として、私たちが日々の指導で大切にしていることを述べたいと思います。 ここからは、学術的な知見を紹介する章ではありません。 教育研究から得られた知見を、一つの大学受験専門塾としてどのように実践しているのかという、教育実践についての考察です。 そのため、本章には筆者自身の教育観が含まれます。 ■■ 大学受験は「ゴール」ではなく、「学び方」を身につける機会である 大学受験は、多くの受験生にとって人生の大きな目標です。 志望校合格を目指して努力する日々は、決して容易ではありません。 しかし、教育という視点から見ると、大学受験は人生の最終目標ではありません。 大学で学ぶための準備であり、その先の社会で学び続けるための土台を築く期間でもあります。 だからこそ、私たちは「合格だけ」を目標にした指導は行いたいとは考えていません。...
播磨塾 進学塾
8月5日読了時間: 6分


スマホを捨てれば、受験には勝てるのか。
受験生が1年間スマホを捨てたら、 本当に成績は上がるのか。 「スマホをやめれば成績は上がる。」 受験生なら、一度は耳にしたことがある言葉ではないでしょうか。 保護者の方からも、 「スマホばかり見ています。」 「いっそ取り上げた方がいいのでしょうか。」 という相談を受けることがあります。 確かに、スマートフォンは受験生にとって大きな誘惑になることがあります。 しかし、本当にスマホを捨てれば成績は上がるのでしょうか。 結論から言えば、 「必ずしもそうとは限りません。」 ■ スマホをやめれば、本当に成績は上がるのか 勉強がうまくいかない原因を、すべてスマホのせいにしてしまう人は少なくありません。 しかし、少し考えてみてください。 勉強が順調に進んでいる日でも、人はスマホを触ります。 友達と連絡を取る。 音楽を聴く。 調べ物をする。 息抜きをする。 つまり、 スマホそのものが悪いわけではありません。 問題なのは、 「勉強から逃げるためにスマホを使ってしまう状態」 です。 スマホは原因ではなく、 勉強への不安や苦手意識から逃げるための道具になってしまうこと
播磨塾 進学塾
8月4日読了時間: 4分


学力は、どのように伸びるのか。―― 教育研究と実践が示す「伸びる学び」の条件(後編)――
前編では、学力は単なる知識量ではなく、「知識を活用する力」と「学び方」の積み重ねによって育まれることを見てきました。 では、その学び方は、どのように身についていくのでしょうか。 教育心理学や認知科学では、この問いに対して数十年にわたり研究が積み重ねられてきました。 研究の対象は異なりますが、多くの知見に共通しているのは、「成績が伸びる学習者ほど、自分の学びを客観的に振り返っている」という点です。 ■■ 「間違い」は学力を伸ばすための情報である 学校でも受験でも、多くの人は「正解」に注目します。 何点取れたのか。 何問正解したのか。 偏差値はいくつだったのか。 もちろん、それらは学習成果を把握するために欠かせない情報です。 しかし、教育研究では、それと同じくらい重要なものがあります。 それが、「間違い」です。 間違いは、学力が不足している証拠ではありません。 現在の理解と、目標とする理解との間にある「差」を教えてくれる情報です。 例えば、一つの誤答にも、さまざまな原因があります。 知識が不足していたのか。 問題文の読み取りを誤ったのか。 計算の途中
播磨塾 進学塾
8月4日読了時間: 5分


学力は、どのように伸びるのか。―― 教育研究と実践が示す「伸びる学び」の条件(前編)――
ここまで本稿では、偏差値の役割と限界、多様な知性、教育心理学、AI時代の教育、そして教育現場から見える学力について考えてきました。 本章では、それらを踏まえた上で、一つの問いに向き合います。 「学力は、どのように伸びるのか。」 教育に携わる者であれば、誰もが一度は考える問いでしょう。 また、受験生や保護者にとっても、「成績を伸ばすには何が必要なのか」という問いは、日々の学習に直結する切実な関心事です。 しかし、この問いに対して「これさえやれば伸びる」という万能の答えはありません。 教育学、教育心理学、認知科学の研究は、それぞれ異なる立場から学習を分析しています。 それでも、それらの研究を俯瞰すると、一つの共通した方向性が見えてきます。 学力とは、一つの要因だけで決まるものではないということです。 生まれ持った特性。 これまでに積み重ねた知識。 学習方法。 学習環境。 学習を継続する力。 これらが相互に影響し合いながら、学びは少しずつ形づくられていきます。 だからこそ、学力を理解するためには、「何を勉強するか」だけでなく、「人はどのように学ぶのか」
播磨塾 進学塾
8月3日読了時間: 4分


「好かれる」と「信頼される」は違う
先生に好かれる人は得なのか? 「先生に気に入られている人って、やっぱり得なんじゃない?」 学校生活の中で、一度はそんなことを考えたことがある人もいるかもしれません。 授業でよく当てられる。 先生と楽しそうに話している。 内申点も高そう。 そんな姿を見ると、「結局、先生に好かれた人が有利なんだ」と思ってしまうことがあります。 では、本当にそうなのでしょうか。 ────────────────── ■ 「好かれる」と「評価される」は違う まず知っておいてほしいことがあります。 それは、「先生に好かれること」と「先生から評価されること」は、同じではないということです。 先生も一人の人間ですから、話しやすい生徒や、明るい生徒に親しみを感じることはあるでしょう。 しかし、成績や内申は、本来、決められた基準に沿って評価されます。 提出物を期限までに出しているか。 授業に真剣に取り組んでいるか。 テストで理解できているか。 普段から学ぶ姿勢があるか。 こうした日々の積み重ねが評価につながります。 つまり、本当に大切なのは「好かれること」ではなく、「信頼されるこ
播磨塾 進学塾
8月1日読了時間: 3分


偏差値は、あなたの価値ではない。―― 数字とともに学び、数字に支配されないために ――
ここまで、本稿では「偏差値とは何か」という一つの問いから出発し、統計学、教育学、認知科学、教育心理学、そして国際的な教育の視点を通して、「学力」と「頭の良さ」について考えてきました。 ここで改めて、最初の問いに戻りたいと思います。 「偏差値は、本当に頭の良さなのでしょうか。」 本稿を通して見えてきた答えは、決して単純ではありません。 偏差値は、人間の価値を表す数字ではありません。 しかし同時に、偏差値は決して意味のない数字でもありません。 この二つは、一見すると矛盾しているように思えます。 しかし、統計学、教育学、教育心理学、そして現代の教育研究が示しているのは、「偏差値を正しく理解し、正しく使うこと」の重要性です。 ■■ 偏差値は「現在地」を示す地図である 統計学から見れば、偏差値は受験者集団の中での相対的な位置を示す指標です。 教育学から見れば、人間の知性や学力は、一つの尺度だけで測れるものではありません。 教育心理学から見れば、人の成長は、学習方法や自己効力感、学び続ける姿勢によって大きく変化します。 さらにOECDが提唱するこれからの教育
播磨塾 進学塾
8月1日読了時間: 5分


教育現場から見える、本当の学力。― 点数では測れない「伸びる生徒」の共通点 ―
ここまで、本稿では統計学、教育学、認知科学、教育心理学、そして国際的な教育政策の視点から、「偏差値」と「学力」について考えてきました。 では、実際の教育現場ではどうなのでしょうか。 研究は、多くのことを教えてくれます。 しかし、教育は研究室ではなく、一人ひとり異なる生徒が集まる教室で行われます。 そこには数字だけでは見えない現実があります。 ──────────────────── 同じ偏差値でも、未来は大きく変わる 教育現場では、同じ偏差値からスタートしても、その後の成長が大きく異なる生徒を数多く目にします。 春の模試では同じ偏差値55だった二人が、一年後には10以上の差になることも珍しくありません。 これは、最初の学力だけでは説明できません。 もちろん、生まれ持った特性や学習環境の違いはあります。 しかし、それだけではありません。 教育現場で繰り返し見られるのは、「学び方」の違いが、時間とともに大きな差を生み出していくという事実です。 ──────────────────── 伸びる生徒は、「できる人」ではない 「成績が伸びる生徒」と聞くと、
播磨塾 進学塾
7月31日読了時間: 4分


AI時代に求められる「学ぶ力」とは。― OECDが描く、これからの教育の姿 ―
ここまで本稿では、偏差値の役割、知能の多様性、そして教育心理学が示す「成長する人」の特徴について見てきました。 では、これからの時代、社会はどのような力を求めているのでしょうか。 この問いは、単なる教育論ではありません。 AIが急速に発展する現在、「学校で何を学ぶべきか」という教育そのものの目的が、世界中で見直されています。 知識を覚えることが不要になったわけではありません。 しかし、「知識を持っていること」だけでは十分ではない時代が始まっています。 ──────────────────── 世界の教育は、何を目指しているのか 近年、教育改革を語るうえで頻繁に引用されるのが、OECD(経済協力開発機構)が公表した「Learning Compass 2030」です。 OECDは、この中で、未来の教育の目的を単なる知識の習得ではなく、「変化の激しい社会の中で、自ら考え、責任ある行動を取り、新たな価値を創造できる人を育てること」と位置づけています。 そこでは、「知識」「技能」「態度・価値観」を切り離して考えるのではなく、それらを統合し、実社会の課題を解
播磨塾 進学塾
7月30日読了時間: 4分


人は、数字だけでは伸びない。― 教育心理学が明らかにした「成長する人」の共通点 ―
ここまで、本稿では偏差値の役割と限界について考えてきました。 偏差値は、受験において重要な指標です。 現在の学力を客観的に把握し、目標との距離を知るためには欠かせない存在です。 しかし、ここで新たな疑問が生まれます。 もし偏差値が現在地を示す「地図」だとすれば、人は何によって成長するのでしょうか。 同じ偏差値からスタートしても、大きく伸びる人がいます。 一方で、高い偏差値を維持しながら伸び悩む人もいます。 この違いは、どこから生まれるのでしょうか。 近年の教育心理学は、この問いに対して数多くの研究成果を積み重ねてきました。 ──────────────────── 能力は「固定されたもの」なのか スタンフォード大学の心理学者キャロル・S・ドゥエックは、長年にわたり、人は能力をどのように捉えるかによって学習行動が変化するのかを研究してきました。 その研究から生まれた概念が、「成長マインドセット(Growth Mindset)」です。 ドゥエックは、人の考え方を大きく二つに分類しました。 一つは、「能力は生まれつき決まっていて、大きくは変わらない」と
播磨塾 進学塾
7月29日読了時間: 4分


「頭の良さ」とは何か。― 教育学と認知科学が示す、多様な知性 ―
ここまで見てきたように、偏差値は「集団の中での現在地」を示す統計学的な指標です。 では、その偏差値が測ろうとしている「学力」や「頭の良さ」とは、一体何なのでしょうか。 私たちは日常生活の中で、「あの人は頭がいい」という言葉をよく使います。 しかし、その「頭の良さ」が何を意味するのかを考える機会は、それほど多くありません。 数学が得意な人を「頭がいい」と呼ぶこともあれば、難しい文章を分かりやすく説明できる人に対してそう感じることもあります。 また、人の気持ちを深く理解できる人や、新しい発想を生み出す人に対して、「賢い」と感じることもあるでしょう。 つまり、私たちは無意識のうちに、さまざまな能力を一つの言葉で表現しています。 教育学や認知科学は、この「頭の良さ」をどのように考えているのでしょうか。 ──────────────────── 知能は一つではないという考え方 1983年、ハーバード大学の教育学者ハワード・ガードナーは、『Frames of Mind(邦題:知能の枠組み)』の中で、「知能は一つではなく、複数存在する」という考え方を提唱しまし
播磨塾 進学塾
7月27日読了時間: 4分


偏差値は、能力ではなく「現在地」である。
第二章 偏差値とは何を表す数字なのか。 ― 統計学から読み解く「偏差値」の正体 ― 第一章では、「偏差値は本当に頭の良さなのか」という問いを投げかけました。 この問いに答えるためには、まず偏差値そのものを正しく理解する必要があります。 私たちは普段、「偏差値が高い」「偏差値が低い」という言葉を何気なく使っています。 しかし、その数字がどのように作られ、何を意味しているのかを詳しく学ぶ機会は、意外なほど少ないのではないでしょうか。 実は、偏差値は教育学ではなく、統計学に基づいて作られた指標です。 つまり、偏差値を理解する第一歩は、「勉強」ではなく「統計」を知ることから始まります。 ──────────────────── 偏差値は「能力」を測る数字ではない 偏差値は、ある集団の中で、自分がどの位置にいるかを示すために作られた統計指標です。 統計学では、テストの結果を比較するとき、単純に点数だけを見ることには限界があると考えます。 例えば、80点という点数を考えてみましょう。 ある試験では平均点が90点だったかもしれません。 別の試験では平均点が50
播磨塾 進学塾
7月26日読了時間: 4分


偏差値は、本当に役に立つのか。― 数字を否定する前に、知っておきたいこと ―
ここまで見てきたように、偏差値は人間の能力すべてを表す数字ではありません。 統計学的には、受験者集団の中での相対的な位置を示す指標であり、教育学や認知科学の視点から見ても、「頭の良さ」を一つの数字だけで説明することはできません。 では、偏差値は役に立たないのでしょうか。 結論から言えば、その答えは「いいえ」です。 偏差値には限界があります。 しかし、それと同じくらい大きな価値もあります。 教育において重要なのは、「偏差値を否定すること」ではなく、「偏差値を正しく使うこと」です。 ──────────────────── 偏差値は、受験制度を支える重要な指標である 日本の大学入試では、毎年数十万人もの受験生が限られた期間の中で試験を受けます。 その中で、できる限り公平に学力を比較するためには、共通の物差しが必要になります。 その役割を担っているのが、偏差値です。 偏差値があることで、異なる試験や年度でも、おおよその学力水準を比較しやすくなります。 高校や大学が入試難易度を分析したり、受験生が志望校選びの参考にしたりできるのも、この指標があるからです
播磨塾 進学塾
7月25日読了時間: 4分


偏差値は、あなたを表しているのか。― 数字で測れるもの、測れないもの ―
偏差値は、本当に頭の良さなのか。 受験生にとって、「偏差値」という数字ほど身近なものはないかもしれません。 模試の結果が返却されるたびに、最初に目に入るのは偏差値です。 志望校を決めるときも、合格可能性を考えるときも、多くの場面で偏差値が基準になります。 その数字を見て安心する人もいれば、落ち込む人もいます。 そして、いつの間にか私たちは、こんなふうに考えてしまいます。 「偏差値が高い人は頭がいい。」 「偏差値が低い自分は能力が足りない。」 しかし、本当にそうなのでしょうか。 この問いは、決して受験だけの話ではありません。 社会に出ても、人は数字で評価される場面に何度も出会います。 売上、順位、年収、資格、ランキング。 数字は比較しやすく、客観的であるように見えます。 だからこそ私たちは、数字を「能力そのもの」だと考えやすくなります。 偏差値も同じです。 しかし、ここで一つ立ち止まって考えてみたいことがあります。 偏差値は、「能力」を表す数字なのでしょうか。 それとも、 「ある条件のもとで測定された結果」を表す数字なのでしょうか。 この二つは、似
播磨塾 進学塾
7月25日読了時間: 3分
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