播磨塾は、なぜ正解した生徒にも「なぜ?」と聞くのか。
播磨塾は、なぜ正解した生徒にも「なぜ?」と聞くのか。
■ 正解している。でも、本当に分かっているとは限らない
問題を解いて、答えが合っている。
普通なら、そこで丸がつき、次の問題へ進みます。
もちろん、それで十分なこともあります。
けれど、生徒の答案を見ていると、ときどき気になることがあります。
「答えは合っている。でも、本当に分かっているのかな」
特に選択問題では、なんとなく選んだ答えが偶然当たることもあります。
計算問題でも、解き方を覚えているだけで、なぜそうするのかまでは理解できていないことがあります。
だから播磨塾では、正解している生徒にも聞くことがあります。
「なぜ、そう考えたの?」
■ 「なぜ?」と聞く
播磨塾の授業では、
「この答えになる理由を説明してみて」
「じゃあ、この条件が変わったらどうなる?」
そんな問いかけをよくします。
少し意地悪に聞こえるかもしれません。
でも、生徒を困らせたいわけではありません。
答えそのものではなく、その答えにたどり着くまでの考え方を知りたいからです。
きちんと理解できていれば、自分の言葉である程度説明できます。
反対に、
「えっと……」
と止まることもあります。
そんなとき、私たちが見たいのは「説明できなかった」という結果ではありません。
どこまでは分かっていて、どこから曖昧になっているのか。
その境目を探します。
■ 表情から分かることもある
5人程度で、一つのテーブルを囲む。
播磨塾の基本的な授業は、このくらいの距離感です。
先生が前に立ち、生徒が一方向に説明を聞くだけではありません。
同じテーブルを囲んでいるから、説明を聞いているときの表情や、問題を解く手の動きまで自然と目に入ります。
説明を聞きながら、すっと納得した表情になる。
反対に、一瞬だけ表情が止まる。
ノートには書いているけれど、どこか腑に落ちていない顔をしている。
「分かりました」と言っていても、少し気になることもあります。
そんなときは、
「ここは大丈夫そう?」
と聞いてみる。
すると、
「実は、ここがよく分かっていません」
と返ってくることがあります。
理解しているかどうかは、テストの点数やノートだけに表れるものではありません。
一つのテーブルを囲む距離だからこそ、気づけることがあります。
■ 一人への質問が、みんなの授業になる
少人数で授業をする良さは、先生が一人ひとりを見やすいことだけではありません。
ある生徒に、
「どうして、この答えになると思う?」
と聞く。
その生徒が説明する。
別の生徒がそれを聞いて、
「あ、そういうことか」
と気づく。
あるいは、
「私は違う考え方をしました」
ということもあります。
一人の疑問や間違いが、ほかの生徒にとっても考えるきっかけになる。
これは、少人数で一緒に学ぶ授業の面白いところだと思います。
播磨塾では、理解度や進度が近い生徒でクラスを組むことを大切にしています。
だから、一人に必要な説明が、そのまま周りの生徒にも必要な説明になることが少なくありません。
誰かの「分からない」が、その生徒だけのものではなく、クラス全体の学びになることがあります。
■ 先生が説明して終わる授業にしない
先生が説明する。
生徒がノートを取る。
問題を解く。
答え合わせをする。
もちろん、そうした授業が必要な場面もあります。
播磨塾でも、すべての授業を対話形式にしているわけではありません。
演習量が必要なときもありますし、講義形式で整理して説明した方が分かりやすい内容もあります。
大切なのは、形式そのものではありません。
「今、この生徒は本当に分かっているのか」
そこを置き去りにしないことです。
必要なら説明する。
必要なら問題を解いてもらう。
そして必要なら、
「なぜ?」
と聞く。
授業の形を決めてから生徒を見るのではなく、生徒の理解に合わせて授業の形を変えていく。
私たちは、そう考えています。
■ 自分の言葉で説明してみる
勉強していると、
「分かったつもり」
になることがあります。
先生の説明を聞いていると分かる。
解説を読んでも分かる。
ところが、いざ自分一人で問題を解こうとすると手が止まる。
これは珍しいことではありません。
「説明を聞けば分かること」と、
「自分で考えて使えること」
の間には、少し距離があります。
だから、自分の言葉で説明してみることには意味があります。
なぜ、この公式を使うのか。
なぜ、この選択肢は違うのか。
なぜ、この英文はこの語順になるのか。
自分で説明しようとすると、理解が曖昧なところが見えてきます。
その曖昧さを一つずつなくしていく。
それが、やがて自分で問題を解く力につながっていきます。
■ 「正解したから大丈夫」で終わらせない
テストでは、最終的には正解することが必要です。
大学受験なら、合否を決めるのは得点です。
だから、正解する力をつけることは当然大切です。
ただ、その正解を安定して積み重ねるためには、
「なぜ、それが正解なのか」
まで理解しておく必要があります。
偶然当たった一問と、
考えてたどり着いた一問。
答案の上では、どちらにも同じ丸がつきます。
でも、その二つは同じではありません。
第1回では、播磨塾が「間違え方」を見ることについて書きました。
実は私たちは、間違えた問題だけを見ているわけではありません。
正解した問題も見ています。
その丸は、本当に分かって取れた丸なのか。
次に少し形を変えて出題されても、自分で考えられるのか。
だから、ときどき正解した生徒にも聞きます。
「なぜ、そう考えたの?」
その問いかけから、本当の理解が見えてくることがあります。




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