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播磨塾は、なぜ「勉強しなさい」だけでは変わらないと考えるのか。

4 時間前
読了時間: 5分

■ 「勉強しなさい」で勉強できるなら


「家では、なかなか勉強しません」


保護者の方から、よく聞く言葉です。


スマートフォンを見ている。


机に向かっても、すぐに集中が切れる。


テスト前になって、ようやく慌てて始める。


本人も、勉強しなければならないことは分かっています。


それでも、なかなか動けない。


そこで、


「もっと勉強しなさい」


と言いたくなる気持ちも、よく分かります。


でも、それだけで勉強できるようになるなら、おそらく多くの家庭はそれほど困っていません。



■ 自分で進める生徒は、自分を管理している


長く生徒を見ていると、学力の高い生徒には一つの傾向があります。


ただ長時間勉強しているだけではありません。


自分を管理する力があります。


今日は何をするのか。


今週どこまで進めるのか。


いつ休むのか。


どのくらい睡眠を取るのか。


運動する時間まで含めて、自分の生活を組み立てている生徒もいます。


難関大学や医学部を目指す生徒になると、その自己管理の精度に驚かされることがあります。


眠くて集中できない状態なら、無理に授業を受けるより、今日は休んだ方がいいと自分で判断する。


そして、その分を別のところできちんと取り戻す。


勉強することだけではなく、


「自分をどう動かすか」


まで考えているのです。


受験勉強では、この力がとても大きいと感じます。



■ でも、最初からできる生徒ばかりではない


一方で、


「今日は何をしたらいいですか?」


というところから始まる生徒もいます。


何から始めるのか。


どの教科を優先するのか。


どこまでやるのか。


自分では、まだうまく決められない。


だからといって、


「自分で考えなさい」


と言って終わりにはしません。


最初は、一緒に決めます。


勉強する順番を考える。


今日やることを整理する。


必要なら、自習へ出てくるように声をかける。


そうやって、まずは勉強が動き始めるところまで支えます。


ただし、ずっと先生が決め続けるわけではありません。


最初は一緒に決める。


少しずつ、自分で決める。


そして、やがて自分で勉強を動かせるようになる。


そこまでが大切だと考えています。



■ 原因の9割が生徒側にあったとしても


勉強してこない。


決めたことをやらない。


スマートフォンを触ってしまう。


同じことを何度言っても直らない。


そういうことは、実際にあります。


その原因の9割が、生徒本人にあるように見えることだってあります。


でも、そこで、


「本人にやる気がないから仕方がない」


と終わってしまえば、教える側は何も考えなくて済みます。


私たちは、残っている1割を考えたいと思っています。


こちらの伝え方を変えられないか。


課題の出し方を変えられないか。


勉強する順番を変えた方がいいのではないか。


声をかけるタイミングはどうか。


自習へ出てきやすい状況をつくれないか。


もちろん、最後に勉強するのは本人です。


本人にしか変えられない部分もあります。


それでも、


「こちら側にできることは、本当にもうないのか」


と考える。


教える仕事をしている以上、その1割を考えることはやめたくありません。



■ スマートフォンを預かれば、それでいいのか


今の高校生にとって、スマートフォンは勉強を妨げる大きな要因の一つです。


少し見るつもりが、長い時間触ってしまう。


通知が来るたびに集中が切れる。


だから、塾でスマートフォンを預かってしまえば、その時間は使えなくなります。


一つの方法だと思います。


ただ、播磨塾では一律に預かることはしていません。


管理すれば、その場では勉強させることができます。


でも、


「使えないから勉強した」


ことと、


「自分で使わないと決めて勉強した」


ことは、同じではありません。


塾を出れば、自分でスマートフォンと付き合わなければなりません。


大学へ進めば、誰かが毎日管理してくれるわけでもありません。


だから、必要な声かけはしながらも、


「今は勉強する時間だから、勉強する」


と自分で切り替えられるようになってほしいと思っています。



■ 管理すればするほどいい、とは考えていない


先生がすべてを決めれば、生徒は動きやすくなります。


短期的には、その方が勉強時間を確保できることもあるでしょう。


でも、それを続けていると、


「言われなければ動けない」


状態が残ってしまうことがあります。


播磨塾が目指しているのは、生徒を上手に管理することではありません。


必要な時期には支える。


一緒に考える。


そして、少しずつ手を離していく。


その距離の取り方は、生徒によって違います。


だからこそ、一人ひとりを見ながら関わり方を変えていく必要があります。



■ いつか、言われなくても動けるように


第3回の記事で、


「自分のエンジンで進む」


ということを書きました。


でも、最初から自分でエンジンをかけられる生徒ばかりではありません。


最初は誰かに声をかけてもらう。


何をするのか、一緒に考えてもらう。


勉強する場所へ出てくるよう促してもらう。


それでいいと思っています。


大切なのは、そこから少しずつ変わっていくことです。


昨日まで言われなければ来なかった生徒が、自分から自習に来る。


先生に決めてもらっていた勉強を、自分で考えるようになる。


「何をしたらいいですか?」


と聞いていた生徒が、


「今日はこれをやります」


と言うようになる。


そういう変化は、点数にはすぐ表れないかもしれません。


でも、受験勉強を続けていくうえでは、とても大きな変化です。



■ 「勉強しなさい」の、その先へ


勉強しない生徒に、


「勉強しなさい」


と言うこと自体が間違っているわけではありません。


必要なときには、言わなければならないこともあります。


ただ、その言葉だけで終わらない。


なぜ動けないのか。


こちらに変えられることはないか。


どこまで支えて、どこから本人に任せるのか。


そこまで考えることが、教える側の仕事だと思っています。


最初は誰かに背中を押されていてもいい。


でも、いつまでも押され続けなければ進めないのではなく、少しずつ自分で進めるようになる。


「勉強しなさい」と言い続けることより、


いつか、その言葉がなくても勉強できるようになること。


播磨塾が目指しているのは、そこです。


 
 
 

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