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高校生活最後の全国大会

■ 大学受験には、ユニフォームがない。 全国大会には、いろいろな形があります。 走る人がいる。 泳ぐ人がいる。 ボールを追う人がいる。 でも、 楽器を奏でる人もいる。 歌う人もいる。 舞台に立つ人もいる。 絵を描く人もいる。 文章を書く人もいる。 研究を発表する人もいる。 将棋盤に向かう人もいる。 つまり、 「全国大会」は、 スポーツだけの言葉ではありません。 自分が積み上げてきたものを、 決められた舞台で、 限られた時間の中で、 自分の力として表現する。 その舞台を、 ここでは「全国大会」と呼びたいと思います。 そう考えると、 大学受験は、 高校生にとっての一つの「全国大会」なのかもしれません。 ■ ただし、大学受験には観客席もない。 入試会場に、 応援団はいません。 歓声もありません。 ユニフォームもありません。 楽器もありません。 作品もありません。 あるのは、 机。 椅子。 問題用紙。 答案用紙。 時計。 そして、 自分自身です。 とても静かな全国大会です。 けれど、 その一枚の答案用紙には、 これまでの何百日、何千時間という時間が、 すべて集まります。 ■ 「合格したい」だけでは、全国大会では結果を出せない。 「この大学に行きたい。」 それは、 受験の出発点です。 でも、 「行きたい」と思っているだけでは、 合格には届きません。 全国大会で、 「勝ちたい」と思うだけでは、 勝てないように。 演奏会で、 「いい演奏をしたい」と思うだけでは、 いい演奏にならないように。 受験生も、 「合格したい」と思うだけでは、 合格できません。 必要なのは、 本番の日から逆算して、 今の自分に何が足りないのかを知ること。 そして、 その差を一つずつ埋めていくことです。 大学受験という全国大会は、 「行きたい」と思った日から、 本格的に始まるのではありません。 「本番で結果を出すために動き始めた日」から、 始まります。 ■ 本番は、突然やってくる。 大学入試の日は、 最初から決まっています。 「もう少し準備してから」 という理由で、 試験日を延ばすことはできません。 だから、 本番の日に向けて、 自分を仕上げていく必要があります。 これは、 どんな全国大会でも同じです。 コンクールなら、 その日までに演奏を仕上げる。 作品を発表するなら、 その日までに完成させる。 研究を発表するなら、 その日までに研究を深める。 そして、 大学受験なら、 その日までに学力を仕上げる。 本番の日は、 必ずやってきます。 だからこそ、 その前の一日一日が重要になります。 ■ 受験勉強は、「稽古」である。 勉強というと、 参考書を開いて、 問題を解いて、 暗記する。 そんなイメージがあるかもしれません。 でも、 本質はもう少し違います。 英単語を覚える。 英文を読む。 数学を解く。 古文を読む。 理科を理解する。 社会を整理する。 そして、 間違える。 やり直す。 もう一度解く。 できるようになる。 これは、 本番で力を出すための「稽古」です。 楽器を練習するのも稽古。 演技を磨くのも稽古。 作品を修正するのも稽古。 研究を深めるのも稽古。 受験勉強も、 同じです。 ■ 「知っている」と「できる」は違う。 英単語を1000個覚えた。 それは、 大きな成果です。 でも、 英文を読めなければ、 入試では得点になりません。 数学の公式を覚えた。 それでも、 問題を見た瞬間に、 「何を使えばいいのか」 判断できなければ、 得点にはなりません。 楽譜を読めることと、 人前で演奏できることが違うように、 知識を持っていることと、 知識を使えることも違います。 だから、 受験勉強では、 覚えることだけで終わらない。 「覚えたものを、使えるところまで仕上げる。」 そこまでが、 「勉強」です。 ■ 模試は、審査ではない。 模試で、 悪い判定が出る。 点数が低い。 順位が下がる。 悔しい。 当然です。 でも、 模試は本番ではありません。 むしろ、 本番の前に失敗できる場所です。 演奏のリハーサルで、 音を外した。 舞台稽古で、 台詞を忘れた。 発表練習で、 説明できなかった。 なら、 本番までに直せばいい。 模試も同じです。 時間が足りなかった。 知識が足りなかった。 問題の読み方を間違えた。 原因を見つける。 修正する。 そして、 次の練習に反映する。 だから、 模試の本当の価値は、 A判定やE判定だけではありません。 「本番までに何を直すべきかを教えてくれること。」 それが、 模試の大きな役割です。 ■ 過去問は、「本番の台本」である。 大学によって、 入試問題は違います。 英語の出し方も違う。 数学の出し方も違う。 時間も違う。 求められる力も違う。 だから、 過去問を見る。 解く。 分析する。 時間を測る。 その大学が、 どんな力を求めているのかを知る。 これは、 本番の舞台を知ることです。 どれだけ練習しても、 本番の舞台を知らなければ、 力を出し切れないことがあります。 受験でも、 同じです。 ■ 受験生は、「選手」であり「監督」でもある。 大学受験には、 少し特殊なところがあります。 本番では、 自分一人で答案を書く。 先生はいない。 保護者もいない。 友達もいない。 だから、 自分自身を管理しなければなりません。 今日は何をするのか。 どこまで進めるのか。 何が足りないのか。 何を復習するのか。 どの科目を優先するのか。 つまり、 受験生は、 自分自身の「選手」であると同時に、 自分自身の「監督」でもあります。 ここが、 受験の難しさです。 そして、 面白さでもあります。 ■ だからこそ、「監督」が必要になる。 とはいえ、 自分一人ですべてを判断するのは、 簡単ではありません。 選手自身には、 見えないものがあるからです。 「英語が苦手だ」 と思っていた。 でも、 本当の原因は、 単語ではなく、 英文構造の理解だった。 「数学が苦手だ」 と思っていた。 でも、 本当の問題は、 計算ではなく、 問題を見たときの方針決定だった。 だから、 受験には、 客観的に現在地を見る人が必要です。 何をするのか。 何をしないのか。 何を優先するのか。 どこまで仕上げるのか。 それを一緒に考える存在です。 ■ 播磨塾は、「本番から逆算する」。 私たち播磨塾が、 大学受験専門塾として大切にしているのは、 「とにかく勉強させること」ではありません。 本番から逆算することです。 志望校はどこなのか。 何が問われるのか。 今の自分はどこにいるのか。 何が足りないのか。 何を優先するべきなのか。 どの順番で仕上げるのか。 そして、 本番までに、 どこまで完成させるのか。 一人ひとり違うからこそ、 一人ひとり考える必要があります。 もちろん、 私たちは大学受験専門塾です。 目標は明確です。 「志望校合格。」 「頑張りましたね」で終わるのではなく、 大学受験という全国大会で、 合格という結果を出す。 そのために、 日々の学習を設計していきます。 ■ 部活動をしてきた人だけの話ではない。 ここで、 一つ大切なことがあります。 「全国大会」という言葉を使うと、 「自分は部活動をしていなかったから関係ない」 と思う人がいるかもしれません。 そんなことはありません。 部活動をしてきた人も、 してこなかった人も、 大学受験という全国大会には、 同じように挑むことになります。 帰宅部だった人にも、 もちろん、 大学受験という本番があります。 これまで、 本気で取り組んできたものがなかったとしても、 これから本気で取り組むものを、 自分で決めることはできます。 大学受験が、 初めて本気で挑む舞台になる人もいるでしょう。 それでもいい。 大切なのは、 「ここから、どう自分を仕上げるか。」 そこです。 ■ 部活動が終わったら、次の本番が始まる。 高校3年生。 部活動を引退する。 一つの大会が終わる。 一つの舞台が終わる。 でも、 次の本番があります。 大学受験です。 今度は、 楽器を持たない。 ユニフォームもない。 作品もない。 自分の頭と、 自分の知識と、 自分の思考力だけで、 本番に挑む。 これまでとは違う形で、 自分の力を表現する。 それが、 大学受験という全国大会です。 ■ 「頑張っている」のに伸びないとき。 毎日勉強している。 それなのに、 成績が伸びない。 そんな時期もあります。 ここで、 「もっと頑張ろう」 だけでは解決しません。 なぜ伸びないのか。 原因を考える。 基礎が足りないのか。 演習が足りないのか。 復習が足りないのか。 勉強する順番が違うのか。 志望校に必要な勉強ができているのか。 うまくいかなければ、 努力を否定するのではなく、 方法を修正する。 これは、 受験において非常に重要です。 「努力を続けること」と、 「努力の方法を変えないこと」は、 同じではありません。 ■ 「10時間勉強した」より大切なこと。 受験では、 勉強時間がよく話題になります。 5時間。 8時間。 10時間。 もちろん、 学習時間は重要です。 でも、 10時間机に向かったことだけで、 合格が決まるわけではありません。 大切なのは、 その時間で何を身につけたのか。 何ができるようになったのか。 本番で使える力になったのか。 つまり、 「どれだけやったか」だけではなく、 「どこまで仕上がったか」。 これが、 大学受験では重要です。 ■ 本番の日に、初めて完成するわけではない。 本番の日に、 突然強くなることはできません。 突然、 英語が読めるようになるわけでもない。 突然、 数学が解けるようになるわけでもない。 突然、 時間配分が上手くなるわけでもない。 本番の日に出るのは、 それまでの自分です。 だから、 本番の日を特別な一日にするためには、 その前の日々を、 特別にするしかありません。 今日の一問。 今日の復習。 今日の間違い。 今日の気づき。 その一つひとつが、 本番の自分をつくります。 ■ 全国大会なのに、観客がいない。 大学受験には、 観客席がありません。 歓声もありません。 メダルもありません。 試験が終われば、 静かに会場を出る。 それだけです。 でも、 その数時間に、 高校生活のすべてをかけてきた人もいます。 何百日も勉強してきた。 何度も間違えた。 何度もやり直した。 逃げたくなった日もあった。 それでも、 机に戻った。 そのすべてが、 一枚の答案用紙に集まります。 ■ そして、結果が出る。 合格。 不合格。 第一志望。 第二志望。 結果は、 必ず出ます。 受験は、 きれいごとだけではありません。 努力した人が、 必ず第一志望に合格するとは限らない。 そこには、 厳しい現実があります。 だからこそ、 私たちは、 「頑張ったから大丈夫」 という言葉だけで、 受験を終わらせたくありません。 合格するために、 何をするのか。 どう仕上げるのか。 どこを修正するのか。 最後まで考える。 最後まで準備する。 そして、 本番に挑む。 それが、 受験指導だと考えています。 ■ それでも、結果だけがすべてではない。 合格通知は、 もちろん大切です。 第一志望に合格したなら、 胸を張っていい。 でも、 受験で残るものは、 合格通知だけではありません。 苦手を克服した。 自分の弱点を知った。 計画を立てられるようになった。 失敗したら、 原因を考えられるようになった。 できないことから、 逃げなくなった。 一つの目標に向かって、 自分を仕上げる方法を知った。 これは、 大学に入ってからも、 その先でも使える力です。 ■ 大学受験は、本当に「最後の全国大会」なのか。 実は、 最後ではありません。 大学に入れば、 また新しい挑戦があります。 資格試験。 研究。 就職。 仕事。 新しい目標。 人生には、 何度も本番があります。 だから、 大学受験を「最後の全国大会」と呼ぶのは、 少しだけ不思議な表現です。 でも、 高校生の時期に、 自分で目標を決め、 長い時間をかけて準備し、 失敗し、 修正し、 最後に一人で本番へ向かう。 そんな経験は、 そう何度もありません。 だからこそ、 大学受験は、 高校生活の中での、 大きな「全国大会」なのだと思います。 ■ 大学受験には、ユニフォームがない。 それでも、 本番はやってきます。 観客はいない。 歓声もない。 メダルもない。 ただ、 目の前に一枚の答案用紙が置かれる。 そこに何を書くのか。 それは、 試験当日の数時間だけで決まるものではありません。 今日、 何を勉強したか。 何を覚えたか。 何を間違えたか。 何をやり直したか。 何から逃げなかったか。 その一日一日が、 答案をつくっていきます。 だから、 全国大会は、 試験当日に始まるのではありません。 「今日の一問から、もう始まっています。」 そして、 いつか試験会場で、 問題用紙を開いた瞬間、 こう思える自分であってほしい。 「ここまで準備してきた。」 その言葉を、 自分自身に言えるところまで。 合格のために。 そして、 その先の人生で、 また新しい舞台に立つために。 播磨塾は、 その本番までの時間を、 ともに支えます。 大学受験という全国大会は、 今日の一問から始まっています。




 
 
 

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