学力は、どのように伸びるのか。―― 教育研究と実践が示す「伸びる学び」の条件(後編)――
前編では、学力は単なる知識量ではなく、「知識を活用する力」と「学び方」の積み重ねによって育まれることを見てきました。
では、その学び方は、どのように身についていくのでしょうか。
教育心理学や認知科学では、この問いに対して数十年にわたり研究が積み重ねられてきました。
研究の対象は異なりますが、多くの知見に共通しているのは、「成績が伸びる学習者ほど、自分の学びを客観的に振り返っている」という点です。
■■ 「間違い」は学力を伸ばすための情報である
学校でも受験でも、多くの人は「正解」に注目します。
何点取れたのか。
何問正解したのか。
偏差値はいくつだったのか。
もちろん、それらは学習成果を把握するために欠かせない情報です。
しかし、教育研究では、それと同じくらい重要なものがあります。
それが、「間違い」です。
間違いは、学力が不足している証拠ではありません。
現在の理解と、目標とする理解との間にある「差」を教えてくれる情報です。
例えば、一つの誤答にも、さまざまな原因があります。
知識が不足していたのか。
問題文の読み取りを誤ったのか。
計算の途中で注意が途切れたのか。
時間配分に問題があったのか。
同じ一問の不正解でも、原因はまったく異なることがあります。
原因が違えば、改善方法も違います。
つまり、本当に重要なのは、「間違えた」という結果ではなく、「なぜ間違えたのか」を分析することなのです。
教育とは、正解だけを積み重ねる営みではありません。
間違いを理解へと変えていく営みでもあります。
■■ 学力を支える「メタ認知」という力
教育心理学や認知科学では、自分の理解や学習状況を客観的に把握し、必要に応じて学び方を調整する力を「メタ認知」と呼びます。
例えば、
「この単元は理解できている。」
「この問題は、たまたま解けただけかもしれない。」
「この勉強方法では効率が悪い。」
こうした判断は、知識そのものではありません。
自分の学習を一歩引いて見つめる力です。
メタ認知が高い学習者ほど、自分の弱点に気づきやすく、学習方法を柔軟に改善する傾向があることは、多くの研究で報告されています。
これは特別な才能ではありません。
日々の振り返りや復習、学習記録などを通して少しずつ育まれていく力です。
つまり、学力とは「知っていること」だけではなく、「自分の学びを管理する力」によっても支えられているのです。
■■ 学びは「自己調整」の積み重ねである
近年の教育研究では、「自己調整学習(Self-Regulated Learning)」という考え方が重視されています。
自己調整学習とは、学習者自身が目標を立て、計画を立て、学習を実行し、その結果を振り返り、次の学習へと生かしていく一連の過程を指します。
ここで重要なのは、「自分一人だけで学ぶ」という意味ではないということです。
教師や保護者、友人から助言を受けることも、自己調整学習の一部です。
必要な支援を受けながら、自分の学びを主体的に改善していくことが重要なのです。
教育とは、「教えて終わる」ものではありません。
学び方を学び、自ら成長し続けられる力を育てる営みなのです。
■■ 「本当の学力」とは何か
本稿ではこれまで、「学力」という言葉を繰り返し用いてきました。
ここで改めて、本稿における学力の意味を整理しておきたいと思います。
本稿でいう学力とは、単なる知識量ではありません。
知識を理解し、活用し、課題に応じて使い分ける力。
自らの学習を振り返り、改善し続ける力。
そして、新しい課題に出会っても学び続けることのできる力。
これらを含めた総合的な力として学力を捉えています。
この考え方は、文部科学省が示す「資質・能力」の考え方や、OECDが示す「Learning Compass 2030」の理念とも重なる部分があります。
偏差値は、その学力の一部を客観的に示す重要な指標です。
しかし、学力そのものではありません。
学力とは、数字の背後で少しずつ育ち続ける、人の力そのものなのです。
■■ 教育に「近道」はあっても、「魔法」はない
教育の世界では、「短期間で成績が劇的に上がる方法」や「誰でも成功する勉強法」が紹介されることがあります。
しかし、現在の教育研究が示しているのは、もっと地道な事実です。
学習者には個人差があります。
理解の速度も違います。
適した学習方法も異なります。
だからこそ、一つの方法だけですべての人に当てはまるとは言えません。
一方で、多くの研究に共通していることもあります。
目的を持って学ぶこと。
理解を確認しながら学ぶこと。
間違いを振り返ること。
継続して学ぶこと。
これらは、特別な才能ではなく、多くの学習者に共通して有効と考えられている学習の原則です。
教育に魔法はありません。
しかし、積み重ねるべき原則はあります。
そして、その原則を誠実に実践し続けることが、結果として最も確かな近道になるのです。
■■ おわりに
「学力は、どのように伸びるのか。」
この問いに、一つだけの答えはありません。
しかし、教育学、教育心理学、認知科学、そして教育現場の実践を通して見えてきたことがあります。
学力は、生まれ持った能力だけでは決まりません。
勉強時間だけでも決まりません。
偏差値だけでも決まりません。
知識を身につけること。
知識を活用すること。
自分の学びを振り返ること。
学び方を改善し続けること。
そして、学び続ける姿勢を失わないこと。
これらが互いに結び付きながら、人の学力は少しずつ育っていきます。
教育とは、知識を教えることだけではありません。
人が学び続けられる力を育てることです。
その力は、受験のためだけにあるものではありません。
大学で学ぶためにも、社会の中で新しい課題に向き合うためにも、そして人生を通して成長し続けるためにも必要な力です。
本章で紹介した内容は、教育学・教育心理学・認知科学において蓄積されてきた研究成果をもとに整理したものです。
次章では、これまで積み重ねてきた議論を踏まえ、「大学受験専門塾として、私たちは何を大切にしているのか」という実践の視点から、本シリーズを締めくくります。




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